はじめに
”不登校・ひきこもり”、それ自体はなにも悪いことではありません。時に心身を守るために必要な時もあるでしょう。しかし、長期化した“不登校・ひきこもり”がご本人、ご家族にどれほどの辛さをもたらすか、診察するたびに痛感させられます。
入院森田療法は、“不登校・ひきこもり”に至ったことにより、封じられている本人の欲求や希望を健全に発揮することを目標としています。そのため、復学や就労が絶対ではありません。何を欲しているのかは、本人が知っているのです。
頭だけで悩むことから解放され、身体と心の協調を目指すことで、本人の力を自らが発見し、今ここでの生活でその力を発揮することを学びます。
入院森田療法では、医学的診断、心理状況、家庭環境等を医師が総合的に把握し、森田療法を用いた治療とともに、今まで学ぶことができなかった社会生活に必要なスキルや、生きる知恵を得るための教育も同時に行っていきます。
入院森田療法は集団生活であり、はじめは辛いこともあると思います。今の生活に行き詰まった時がチャンスです。スタッフと共に新しい一歩を踏み出してみませんか。
不登校・ひきこもりとは?
不登校・ひきこもりは、診断名ではなく一つの状態像です。他の診療科で言えば、発熱や疼痛といった一つの状態像を表すにすぎません。さまざまな定義が存在しますが、ここでは、行政機関が提示しているものを紹介します。
“ひきこもり”とは、「様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には 6ヶ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念です。なお、ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである」とされています 。
厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学研究事業 「思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と 精神医学的治療・援助システムの構築に関する研究(H19-こころ-一般-010)」 (研究代表者 齊藤万比古) から抜粋
”不登校”とは、「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるため年間 30 日以上 欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」と定義されています。
文部科学省ホームページから抜粋
専門家の中でも、不登校・ひきこもりが個人の問題なのか、家庭の問題なのか、社会の問題なのか、さまざまな視点で論じられ改善の試みがなされていますが、当事者は減少していないのが現状です。また日本のみならず、世界的にも増加傾向にあると言われています。
不登校・ひきこもりに伴う精神症状
不登校・ひきこもりが長期化すると、下記のようなさまざまな精神症状が現れます。
- 対人恐怖
- 他者視線恐怖
- 醜形恐怖
- 赤面恐怖
- 強迫症状(不潔恐怖や確認強迫)
- 原因不明の身体愁訴(心気症や身体表現性障害)
- 家庭内暴力
- 抑うつ気分
これらが不登校・ひきこもりに随伴して生じているのか、疾病として生じているかを判断することは困難なこともありますが、診察を続ける中で徐々に明らかとなっていきます。
どちらにせよ、医師の診察のもとに治療を行っていきますので、疾病の存在が明らかであれば、個々人に合わせた薬物療法や生活指導も行っていきます。当院は学校や学習塾のような知識習得型の学びは不得手でありますが、森田療法を基礎に、薬物療法、生活指導、家族関係の調整を総合的にマネージメントできることが強みであります。
医師による診療を基礎とする
不登校・ひきこもりに至る経緯は人それぞれ異なります。学校でいじめに遭った、友人ができなかった、家庭内不和があった等の明らかな要因がある方もいるでしょう。しかし、明らかな要因が見当たらないケースが実際は多いのです。原因探しは徒労となり、本人も家族も疲弊して、解決の糸口が見えなくなることが往々にあります。
まず、本人の中で何が起こっているのか、また本人をめぐる家庭や社会環境に問題点はないか、医学的な視点も含め十分に検討する必要があります。当院では、医師による診療を基礎とし、個々人に合わせた不登校・ひきこもりの状態を分析し、解決策を共に考えていきます。
入院森田療法は複雑に絡み合った家族関係や行き詰まった社会から一旦離れ、新たな生活を踏み出す一歩になるでしょう。その一歩を踏み出すには、本人の意志とタイミングが重要となります。まず森田療法初診外来を受診していただき、ご相談に乗ります。
当院では入院に至るまでのプロセスを大切にしています
不登校・ひきこもり状態にある方が家を出て病院を受診するということは、それだけで大きな一歩です。受診してすぐに入院森田療法を行うことは少なく、外来で面接を繰り返し行い、ご本人の不安や目標を共有します。病棟の見学もできます。
外来初診時は、別紙問診票(PDF)をダウンロードして記載していただけると診察がスムーズです。
外来診察では、ご本人が一人で診察室に入ることが不安であれば、親御さんの同伴面接ももちろん可能です。
ご本人が受診できない場合は、代理診察(衛生相談)として親御さんのみでの受診も可能です。費用は1回5400円(紹介状がない場合は別途選定療養費として3240円が必要)です。ここでは、親御さんの話からご本人の病状と家族関係における課題を明らかにし、環境調整を図ります。森田病棟への入院を目指しますが、総合的に判断し他の支援機関での支援が望ましい場合は、可能な限り地域の支援機関を紹介します。
ご本人に受診することを伝えずに来院することはできるだけお控えください。代理診察(衛生相談)の場合であっても、ご本人に一声かけてから来院されると、その後の治療がスムーズに進むことが多いからです。
入院森田療法が適応となる“不登校・ひきこもり”とは?
”不登校・ひきこもり”の回復プロセスを支援します
厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学研究事業 「思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と 精神医学的治療・援助システムの構築に関する研究(H19-こころ-一般-010)」 (研究代表者 齊藤万比古) から抜粋
入院森田療法は、“中間的、過渡的な集団との再会段階”をサポートしているため、次のような状況にある方が適しています。
- 家族とは話せるが、学校や職場では不安や緊張が強く長続きしない方。
- 外出は出来るが、家族以外の人と交流する機会がない方。
- 家族との関係が悪く、家庭内で孤立している方。
- 共同生活を通して、人とつながる力を身につけたい方。
- 昼夜逆転等、生活リズムを整えたい方。
- スマートフォンやゲーム依存から脱却したい方。
以下の方は、ご本人の負担が強すぎるため、お断りすることがあります。
- 本人に治療意欲がなく、入院治療に同意できない方。
- 統合失調症や著しい発達障害と診断されている方。
- 自室にて一人で寝られない、洗面や入浴など身の回りのことが自立して行えない方。
臥褥期(ひきこもってよい期間)
標準的な入院森田療法の流れに沿い、はじめの7日間は個室にて臥褥を行います。長年ひきこもっていた方にとってこの体験はどう作用するのでしょうか。それは個々人により異なるでしょう。「家から離れて楽になった」と安心感を抱く方、「なぜここにいるのだろう」と悩む方、「スマホやパソコンがなくてつらい」と訴える方などさまざまです。また、部屋の外から聞こえてくる話し声や生活音に不安を抱く方も多いでしょう。
臥褥期は、心と体の休養を取ると同時に、自分を見つめ直し、不安を抱えながらもその感情が流れ去って行く体験をする時期です。さしあたっての行動欲求が目覚める時期でもあります。
家庭での“ひきこもり”と決定的に異なることは、医療者に見守られた“ひきこもり”であるという点であります。臥褥の期間は7日間が標準ですが、ご本人の状態に合わせ、場合により臥褥期を短縮もしくは延長することが可能です。
軽作業期・作業期(リアルな生活体験・多世代交流の場)
軽作業期に入ると、今まで自己の内面に向かっていた悩み(復学や就労への焦り、劣等感、自信喪失など)が、生活上の悩みに変化していきます。洗濯物はどうすればいいのだろうか、食事を皆と一緒にとれるだろうか、病棟での係活動を自分は担当することができるのだろうか、等々さまざまな悩みが生じます。
ここでの生活はけして一人ではありません。先輩患者さんや看護師から生活のスキルを教わりながら、少しずつできるようになればよいのです。生活に慣れるペースは人それぞれですので、主治医と相談しながら少しずつステップアップしていきましょう。
同世代の集団では緊張が強く退却してしまった方でも、さまざまな世代の方と共に支え合うことで乗り越えることができるようです。他の支援機関は同世代で集団を形成することが多いですが、入院森田療法は多世代交流の場であるということも一つの特徴と考えています。
作業期が本格的に始まると、共同係・動物係・植物係・スポーツ等の活動に取り組む中でさまざまな悩みが生まれるでしょう。この悩みをどう乗り越えるかが作業期のメインテーマとなります。主治医との面接や日記でのやり取りはもちろん、作業場面では看護師や作業療法士が相談に乗っていきます。
社会復帰期(今後の過ごし方について試行錯誤する)
作業期を終え社会復帰期に入るタイミングで、これからの目標について話し合う機会を作ります。ここから先は、人それぞれ異なりますが、“〜しなければならない”ではなく、“〜したい”という気持ちを大切にし、具体的で実現可能な目標を共に考えます。
また、この時期には必要に応じて親御さんとの面接を行います。家族はどのように接すればよいのか、自宅での生活上の注意点はなにか、等話し合います。
準備が整った段階で、自宅への外出や外泊を行います。実際に自宅に戻ってみると、一時的に不安が高まったり、精神症状が再燃したり、外泊から病棟に戻るのが億劫になる方も多いです。これは避けられないプロセスでありますが、不安や緊張の裏にある“こう生きたい”という本人の欲求を再確認し、自分らしく生きる基盤を作ることにつながるでしょう。
不登校・ひきこもり当事者へのメッセージ
ここに書いてあることを読むことは、たいへんだったでしょう。今まで、いろいろな支援機関で期待を抱き、そして挫折したかもしれません。現実世界は厳しいのも事実です。森田病棟も一つの現実世界であり、厳しさもあります。しかし、入院生活をやり遂げた患者さんは、「辛かったけどそれ以上に楽しかった」と言います。
みなさんが望むタイミングで我々に会い、みなさんの中に眠っている力が真に発揮されることを切に願っています。
【患者さんの声】 Aさん 10代前半 女性
私は小学2年生までは無邪気で明るい子供で、友達もいました。しかし、小学3年生になり女子のグループが出来始めた頃、私はグループというものに入りたくなかったため入らずにいると、気づいたら孤立していました。みんなから避けられるようになり、性格はどんどん暗くなっていき、場面緘黙症になりました。
この苦しみが5年間続きました。この苦しみから逃れたかった私は小学6年生の3学期から学校に行かなくなりました。しかし今度は「学校に行く」という当たり前のことができない自分に嫌気がさし、自殺を考えたり、自分を傷つけたりするようになりました。生活は昼夜逆転し、外にも出られず、家でだらだらと過ごしていました。「自分には未来がない」、そう思っていました。
そんな中、母は一生懸命病院や施設を探してくれており、同世代の方と接することが苦手な私は、年上の方しかいない、この「森田療法センター」ならがんばれそうだと思い入院を決意しました。
入院初日、いつも嫌なことから逃げてばかりだった私は、珍しく期待やわくわくした気持ちで胸がいっぱいでした。家という環境、そこでだらだらと過ごす自分に強いストレスを感じていたため、それから離れられるのだと思うと気持ちが楽になりました。
多くの方が辛いと感じる臥褥期を、私は穏やかな気持ちで過ごしました。ですが、人が苦手という面があり、卓球での楽しそうな声を扉越しに聞いていると、「自分はこの中に入っていけるのかな」と強い不安を感じていました。
そんなこともあり、臥褥最終日の夜は、「明日が来てほしくない」、「家に帰りたい」など様々な気持ちがあふれ出し、ご飯はほとんど残して泣いてしまいました。一番私を不安にさせたのは、入浴中髪が大量に抜けたことでした。髪を乾かす際もたくさん抜けてしまい、床一面を髪だらけにしている自分がみじめに思えました。
翌日6時55分、深く息を吸ってデイルームに出ていきました。「怖い」と思っていた私に、「おはようございます」と明るい声がかけられました。その一言で私の不安な気持ちは消え去り、「場面緘黙症」という長年苦しめられていた症状も出なくなりました。
初めてのことだらけな環境に興味を持った私は、1日中皆さんの行動をじっくり観察していました。ちょうどクリスマス会の時期と重なっており、クリスマス会についての話し合いの見学、時には話し合いに加わることがとても楽しかったです。1ヶ月という短い期間で、新しい仲間と共にクリスマス会をやりとげました。今では遠い昔のように感じていますが、みんなで作り上げた影絵はとても印象的に残っています。
クリスマス会が終わり、先輩方が次々と退院されていきました。その度に、部屋で一人になって泣いてしまうのはいつまで経っても治りませんでした。自分が退院するときは、みんなの前で堂々と泣きたいです。
少し話がそれましたが、入院から1ヶ月程で共責や動物係の仕事を任されるようになりました。動物では、新しい動物についての話を中心に進めました。途中、「本当にこれで飼えるのかな」とくじけそうになったこともありました。結局飼う前に退院することになりましたが、あとは後輩達に任せます。
そして気付けば私が一番上の先輩となっていました。みんなに頼られるようになり嬉しく思う反面、14歳がリーダーって大丈夫なのかとも思いました。
入院して2ヶ月が経った頃、「作業が嫌だ」「やりたくない」「休みたい」と思い始めました。昔からサボり癖もあり、仮病を使って作業を休むことが数回ありました。その度に自分が嫌いになっていきました。それを繰り返しているうちに、作業を休んだほうが辛くなるということに気付き、嫌でも作業に取り組むようになりました。この点に関してはとても大きな進歩だと思います。しかし、外泊から帰るとき、毎回「帰りたくない」と涙を流してしまったことは、親に心配をかけてしまったと反省しています。
外泊に行くと同時に社会復帰期に入りました。進路のことを考え始め、自分の将来が見えず泣いてしまった日もありました。でも、最終的に自分で、自分の考えで進路を決められることができてよかったなと思います。
森田に入院して、私は大きく変わりました。一生治らないと思っていた症状を克服し、昔の頃の明るい自分を思い出しました。周りの同級生の子よりやけに大人びており子供らしくない私でしたが、大人ばかりの環境で過ごすことで、子供らしく生活することができました。今まで人に好かれたことなんてほとんどなかった私が、たくさんの人に認めてもらい、たくさんの人に頼られ、たくさんの人に好かれました。14歳という年齢でこれだけの経験をすることができたことは、私の人生において、とても良いことでした。ここでの経験を無駄にせず、今後の人生に生かしていけたらなと思っています。
こんなまとまりのない文章しか書くことのできない私ですが、ただ一つ、自信を持って言えることは、「森田に来てよかった」ということです。ここで出会った先生方、ナースさん、そして共に過ごした仲間を忘れないでいたいです。