今日は私のちょっとしたエピソードをご紹介します。医師という仕事柄、学会発表や講演会など、人前で話す機会がありますが、何度やっても本番前に緊張するものです。意識しなくても、「スムーズに話せるだろうか」「本場で話すことがすっぽり抜けてしまったらどうしよう」「質問にきちんと答えられるのだろうか」など、不安の種が頭の中にあるのだと思います。
森田療法では、このような不安の裏には、「聞いてくださる方に自分の話を伝えたい」という、純な気持ち(欲求)があると捉えます。不安と欲求は表裏一体であり、セットになっているものです(図参照)。
できるものなら不安はなくリラックスして話したい、そう思うのも自然な気持ちです。しかし、この不安は努力によって解消するものでしょうか?不安を無くそうとするために、一字一句話す言葉を決めたり、想定質問をたくさん考えて答えを用意しておく等の準備は、やってもやっても不安はゼロにはなりません。逆に、予測不能な未来を想像し、不安を避けるために試行錯誤することは、やればやるほど不安は増強しますし、さらには講演が味気ないものになってしまうかもしれません。音楽をプレーヤーで聴くより、生ライブの方が人の心を強く揺さぶることに似ているかもしれません。
そこで、森田療法の出番です。“不安を無くして、堂々と人前で話すこと”を目的とするのではなく、“不安で一杯で声が震えても、今この瞬間、自分の考えや想いを伝えることに全力を尽くそう”、と発想を切り替えたらどうでしょう。声が震えても、顔がこわばっても、手が震えてもよいのです。肝心なのは、伝えたいことが聴衆に伝わることなのです。その原点に戻りましょう。
森田療法に、「あるがまま」という言葉があります。不安があっても、不安を無くそうと努力するのではなく、不安をあってはならぬものとせず、あって当然の自然な感情として、そのままにほっておくことです。不安という感情は敵ではなく、友達的な存在かもしれません。
勇気がいることですが、人前で話す機会がありましたら参考にしてみてください。