強迫症(強迫性障害)

強迫症(強迫性障害)

Ⅰ.強迫症(強迫性障害)とは

強迫症(強迫性障害)には強迫観念、強迫行為または両者の存在が必要で、強迫観念または強迫行為により時間の浪費(1日1時間以上)と社会的職業的機能障害を引き起こすとアメリカの診断基準・DSM-5で定義されています。

強迫観念とは、繰り返される持続的な思考、衝動、またはイメージで、侵入的で不適切と体験されます。強迫観念の患者さんは思考、衝動やイメージを様々な方法で中和を試みるものです。強迫行為とは、手洗いや確認を繰り返す行動で、不安や苦痛を緩和されることを目的としています。

一般的に症状の不合理感(ばかばかしさ)があるほど定型的な強迫症(強迫性障害)と言えます。

Ⅱ.強迫症(強迫性障害)の具体的な症状

イラスト

  1. 不完全恐怖:物事に万全を期したい、あるいは完璧を目指したい気持ちが強く、多くは『不安を打ち消すために何回も確認をしてしまう』確認強迫行為を伴います。
  2. 縁起恐怖:「悪いことが起きる気がしてやり直しを何回もしてしまう」や「嫌なイメージが浮かんで何回もやり直す」。
  3. 加害恐怖:「駅のホームを歩いていて人を突き飛ばすのではないか」という観念。
  4. 確認強迫行為:「戸締り、火の元が気になり何回も確認してしまう。」、「個人情報が漏れないよう確認する。」、「仕事場から帰宅する際職場の鍵を何回も確認してしまう。」、「大事なものを落としていないか確認してしまう。」
  5. 不潔恐怖:「床に落ちたものを手で触れない。」「公衆トイレの便座は知らぬ人が使用していて使用できない。」「目に見えない菌や汚れが気になる。」
  6. 洗浄強迫行為:「トイレから出たのち、尿や便で手が汚れていると思い何回も手を洗ってしまう。」、「外出し帰宅したのち、外の菌を持ち込んだと不安になり入浴に何時間も費やす。」

Ⅲ、森田療法に適応となる強迫症(強迫性障害)、治療目標

(1)おおよその基準

  1. 病前性格:元々神経質性格であったかどうかにまず着目します。神経質性格とは、几帳面・完全主義・負けず嫌いといった強迫性、強力性の面と、内向的・神経質・受身といった内向性、弱力性の両面を持つ性格を指します。
  2. 心理的悪循環:次にこの性格を基盤に症状への「とらわれ」の機制(心理的悪循環)があるかどうかを診ます。「とらわれ」の機制とは「精神交互作用」と「思想の矛盾」に分けられます。精神交互作用は、注意と感覚が悪循環的に作用して症状が発展する機制です。思想の矛盾とは、あってよい感情をなきものとして知性で排除しようとしてしまう姿勢を指します。
  3. このような1、2を満たす方ほど森田療法に合いやすいといえます。
    逆に森田療法に適応しずらい強迫症の特徴を以下に記します。

  4. 症状の不合理感(ばかばかしさ)が乏しく自らの治療意志が希薄な場合:不完全恐怖から発展した確認強迫行為のような場合や強迫症状の不合理感(症状に対するばかばかしさ)が明瞭であるほど森田療法に反応しやすいです。不合理感の乏しいケースに対しては薬物療法を併用して森田療法的アプローチを行う場合が多いです。
  5. 衝動制御障害を合併する場合:激しい衝動制御障害(病的賭博、盗癖、抜毛症、自傷行為など)を伴う強迫症の群は衝動充足の側面が強く、このタイプは感情を抱えられない病態のため、森田療法はあまり有効でありません。

(2)強迫症(強迫性障害)に対する森田療法の治療目標

神経質性格を基盤に症状へ「とらわれ」ている患者に対して、当然あってよい不安を排除しようとせずに、不安をそのままにして不安の裏にある生の欲望を建設的な行動に生かすことを治療目標に据えます。これを端的に表した言葉が、『あるがまま』です。ただ『あるがまま』でなければと構えるのではなく、不安を抱えつつ建設的に行動していくプロセスが大事です。

Ⅳ、森田療法と認知行動療法との比較

よく患者さんから認知行動療法と森田療法との違いは何ですかと聞かれます。認知行動療法を受けてあまり改善しなく入院森田療法を受けて改善したある患者さんは「認知行動療法と違い、森田療法では入浴時間だけでなく生活を大事にする」と述べていました。
認知行動療法は症状の軽減のみを治療目標に置いているのに対し、森田療法では症状の軽減のみに治療の焦点を置かず強迫行為に対する指導と同時に生活全体を充実させていくよう指導していくところがポイントになります。森田療法では強迫行為の回数を制限することに治療目標を限定せず、建設的な行動へ踏み込むようアプローチをしていきます。症状に焦点化してアプローチする認知行動療法により強迫症状が悪化してしまう場合、治療の選択肢のひとつとして森田療法を考慮しても良いのではないでしょうか。

【患者さんの声】 Aさん 50代 男性

私がここ森田に入院したのは〇月〇日です。その時点では、“私は入院するべき”といった考えだけでそんなに病気の事とか、入院の事とかをただ漠然と思っていたのかもしれません。通院より入院がいいとか、早く治るのじゃないかとか、悪く言えば病院にお任せすればいいという考えだったかもしれません。逆に言えば、そこまで気持ちが落ちていたのかもしれません。

入院してすぐに臥褥に入りました。
自分から情報とかもろもろ剥がれて、7日間も何もしないで過ごすのは初めての事でした。最初は眠るだけで退屈でしたが暗い部屋で上を見ているといろいろな事を考えるようになりました。
「なんで入院したのか?」とか「なんでこんな病気になったのだろう?」とか、いろいろ掘り下げて考えるようになりました。
臥褥の日がたつにつれて、考える事に集中するようになりました。もっと考えてみよう、さらに考えてみようといった感じになります。
とことん自分の病気、過去の病気に対しての向き合い方、なんでここまでになったのかとか考えてみました。
考える事、「自分に向き合う事」が楽しく考えられるようになりました。こんなに真剣に一つのことを数日集中して考えたのは今までにないかもしれません。もっと臥褥を続けてみたいという気にさえなりました。

私が臥褥中、自分に向き合って出したもの、それは「自分には病気と向き合う覚悟が足りない」という事です。
いくらいい病院のアドバイスをうけても、自分にある程度覚悟がないと、この病気を治す事は前に進まないという事。ただでさえ後にもどるのに、「前を向く」という事はむずかしいという事です。
「覚悟」=今の自分にはこの入院であり、これからの入院生活への向かい方でもあり、さらには退院してからの生活+病気で「前を向く」という事がわかりました。
そんな感じで覚悟が決まると、ちょっと楽になり、ちょっと「パッと晴れた」感じになりました。

入院生活は、とことんアクティブでクリエイティブに向き合おうと思いました。それはクリエイティブな考えで作業、生活に向き合わないと自分にとって楽しくないからです。自分にとって「前を向く」という事は、「楽しむ」という事です。

イラストこの入院生活でいろいろな事をやる事が出来たと思います。
共同、植物、動物、一通り作業を自分なりに、出来たと思います。動物・植物では初めてな物もあり、特に鳩に関しては放鳩訓練や放鳩ピクニック等、動物係としても参加できた事は、自分にとってもいい経験になったと思います。犬にしろ鳩にしろ生き物は、自分どおりにはならないところが、あらためて新鮮でいいなと思いました。

あとは、自分だから思いつく事、できる事を楽しんでやろうと思いました。
森田療法センターのベランダをテラスにする事、秋のいい季節、外でゆっくりお茶が出来るスペースを作る事、そしてシューズボックスをキレイにリニューアルした事です。
メンバーも同じ意見で良かったです。
動物係としても、ベン・マロのサークルのリニューアル、しつけ、ストレス解消方法の再確認をメンバー全員で考える事が出来ました。放鳩訓練用の鳩を入れるボックスも作りました。自分は物作りが好きなので、これらの事で自分の力を使えた事は良かったです。
物作りにともない、工具のメンテナンスもしました。サビている工具をリフレッシュすることも、気持ちがいいですね。

私と同じ時期にいたメンバーは、行動力もあり、考える方を楽しみ、コミュニケーションもしっかりでき、人数が少ないながらもしっかり作業が出来たメンバーです。
このメンバーがいる時期に入院できた事、とても良かったし、ラッキーだと思っています。

全体を通して、2ヶ月ですが、自分なりに楽しめ、前に進む事が出来た入院生活でした。

「入院する事」「森田療法にした方」今思ってみても、良かったと思っています。
これからも、「覚悟」「楽しむ」「前を向く(進む)」で退院した先も進んで行きたいと思っています。
「ありがとうございました」

 

【患者さんの声】 Bさん 20代後半 女性

イラスト大学を卒業した私は、事務職の会社員として勤務していました。その頃はとくに問題なく毎日を楽しく過ごしていました。

20代後半に結婚を機に退職。結婚してしばらく経つと、次第にさまざまなものが不潔に感じられるようになり、何回も手を洗わずにいられなっていきました。入浴にも数時間がかかり、石鹸が数日でなくなってしまうという状態です。

そこで、近くの病院に足を運び、処方された薬を服用し始めると、多少手洗い行為が少なくなったので、改善に期待しました。しかしその後、大きな改善は感じられませんでした。

そんなとき、森田療法センターを知り、相談した結果、薬物療法を併用した形の入院療法を開始することにしました。

入院後は、動物の世話をすることになりました。でも始めは嫌々作業をしていました。「便が汚い」と感じられ、動物の世話をすることに躊躇していたことが原因です。

大きな転機は、病気の動物を世話したことです。このことをきっかけに「動物たちの命が大切」と感じられるようになりました。次第に作業も積極的に行うことができるようになり、うまく世話ができるようになりました。積極的になったことで、作業自体を楽しく感じられるようになったのです。

入浴時間については、一時間以内に切り上げるように努めました。いまだに、手洗いは人よりもやや多いですが、日常生活に支障がない程度まで回復しています。不潔への意識も徐々に薄れてきています。

入院治療は、約3ヵ月でした。
以前のような生活が送れるよう、前向きに物事を捉えながら、「あるがまま」を受け入れていきたいと思っています。